コウテイペンギンのパワプロブログ

中日ドラゴンズのOB中心に作成中

パワプロ2020 大谷智久(2015ロッテ) パワナンバー

 

幕張の海坊主

 

 

選手名 大谷智久(おおたに・ともひさ)

 

経歴 報徳学園高等学校早稲田大学トヨタ自動車千葉ロッテマリーンズ(2010②-2020)

 

2015年成績 56登板(0先発)64投球回 3勝1敗32ホールド 防御率2.39

 

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選手紹介

2010年代のロッテでリリーフなどで活躍した右腕。最速140キロ後半の直球と変化球を投げ分ける。"海坊主"とよも呼ばれる丸刈り頭がトレードマーク。

華々しいアマチュア時代を送っており、高校3年春のセンバツでは強豪・報徳学園のエースとして出場し、5試合すべてに完投し優勝投手に。早大時代は宮本賢とのWエースとして活躍し、4年春に最優秀防御率を受賞。トヨタ自動車時代では1年目から活躍し、日本選手権2連覇に貢献、3年目の都市対抗では優秀選手賞を受賞した。その後ロッテからドラフト指名を受けた。前年引退した小宮山悟の背番号「14」を引き継いだ。

2010年はある程度の出場機会を掴み、パ・リーグで最初の新人勝利投手になった。翌2011年は先発やロング登板を含めたリリーフとして活躍。先発での成績はあまり振るわなかったが、リリーフとしての成績は防御率1.11と優れていた。2012年は夏場からフル回転。2013年は精彩を欠いたが、2014年には復活。ビハインドでの登板からスタートしたが、中盤からはセットアッパーに定着し、防御率1.94、チームトップタイの23ホールドを記録した。

2015年は前年に引き続きセットアッパーとして活躍。64投球回で与えた四球はわずか5、与四球率は脅威の0.70と抜群のコントロールを発揮した。前年よりフォークの割合を減らし、その分カーブを増やした。キャリアハイの登板数でチーム最多でリーグ2位タイのホールドポイントをマークした。

その後も2016年は32登板で14ホールドポイント、2017年は56登板で26ホールドポイント、2018年も45登板で19ホールドポイントをマークするなど中継ぎとして躍動した。しかし、2019年、2020年は一軍での出場機会が激減。戦力外通告を受けオファーを待っていたが12月14日に引退を決意。来季からはマリーンズで育成投手コーチを務める。

 

査定について

球速 150キロという表記もあるが、公式戦最速の148キロを採用

対ピンチB

得点圏 被打率.196   被本塁打0  被OPS.483  

通算 被打率.238   被本塁打4   被OPS.604

対左打者F   対左打率.277 2本 対右被打率.203 2本

 

コウテイペンギンの独り言

(最初に豆知識)俳優の森山未來氏は高校の同級生。

査定を済ませ、作成しようと思っていたちょうどその時に引退の発表がありました。野球に取り組む姿勢や、制球力は本当に素晴らしかったです。11年間お疲れ様でした。

 

パワプロ2020 ディロン・ジー(2018中日) パワナンバー

 

技巧派・メジャー開幕右腕

 

 

選手名 ディロン・ジー

 

経歴 クリーバーン高等学校ーテキサス大学アーリントン校ーニューヨーク・メッツ(2010-2015)ーカンザスシティ・ロイヤルズ(2016)ーテキサス・レンジャーズ(2017)ーミネソタ・ツインズ(2017)ー中日ドラゴンズ (2018)

 

2018年成績 4登板4先発2完投27投球回 0勝3敗 防御率4.00     

 

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選手紹介

メジャーで開幕投手を務めるなど実績を残し、2018年に来日した右腕。決め球はないものの、多彩な変化球と最速150キロ前後の直球で抑える技巧派だった。

2007年のMLBドラフト21巡目(全体663位)でプロ入り。2010年にメジャーデビューし、この年2勝を挙げた。2011年は防御率4.43ながらも11勝。2013年は199投球回で防御率3.62、12勝をマークし、翌2014年は開幕投手を務めた。その後は怪我などで成績が伸び悩む年もあったものの、メジャーでは通算51勝を記録した。

2018年よりKBOとの争奪戦を制した中日でプレー。開幕2戦目で先発を任せられ、6回6失点で敗戦投手になった。2試合目と3試合目は自責点2で完投し実力を見せたが、味方の援護がなくともに敗戦投手に。4試合目の後に右手の不調を訴え離脱。その後検査で血行障害であることが判明。母国でリハビリに専念したが、復帰出来ずに自由契約となった。以降も状態は上がらず、2019年1月にに現役引退を表明した。

 

査定について

仮面町様リスペクト査定です。ありがとうございました。

 

球速 最速をオープン戦で記録した147キロに

対ピンチE   得点圏被打率.400(15-6)  通算被打率.265

ノビEシュート回転 

ストレートをあまり投げておらず、シュートととされているものをストレート扱いにして査定。被打率が高めなのでノビを下げた。

一発 被本塁打率1.67

 

コウテイペンギンの独り言

 日本では4試合しか投げずに引退されてしまいましたが、2完投を決めたインパクトは今でも残っています。この年ドラゴンズに来日した4人*1は好選手ばかりでしたが、NPBに残るは投稿日段階ではモヤだけです。さらなる活躍を期待しています。

仮面町様の査定をかなり踏襲*2しています。ジーのスタミナはAでいいのではないかと思っていた時に、仮面町様作・ジーを見て非常にスッキリしたのを覚えています。

*1:ガルシア、ジーアルモンテ、モヤ

*2:もはやほぼパクり

パワプロ2020 青山浩二(2015楽天) パワナンバー

 

球団史と歩んだリリーフエース

 

 

選手名 青山浩二(あおやま・こうじ)

 

経歴 北海道函館工業高等学校八戸大学東北楽天ゴールデンイーグルス(2006大社③-2020)

 

2015年成績 61登板(0先発)57.2回 4勝5敗31ホールド 防御率2.51

 

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選手紹介

楽天創設2年目に入団し、切れ味鋭いスライダーを武器にリリーフとタフネスさを武器に活躍した右腕。在籍した15シーズンで40試合以上登板は10回、50試合以上登板は7回を記録した。また、今日時点で通算登板数・ホールド数で楽天の球団記録を保持している。

1年目から中継ぎ、またロングリリーフとして起用され42試合で投げた。2年目は序盤は先発、後半は中継ぎとして起用され、4勝を挙げた。3、4年目は先発、中継ぎ両方をこなした。

5年目の2010年は片山博視小山伸一郎とともに勝利の方程式"スリーマウンテンズ"を結成。41試合で20ホールドポイント防御率1.72と好成績を残した。6年目にも51試合で26ホールドポイントと活躍。

7年目の2012年は抑え起用され、5月9日から15日にかけて6試合連続セーブの日本タイ記録を達成、初の月間MVPにも選ばれた。監督推薦で初のオールスターに出場し、シーズンでも球団記録を更新する22セーブを達成した。2013年は開幕は抑え起用。その後5月後半から中継ぎに配置転換され、まで16試合連続無失点を記録するなど、セットアッパーとして活躍し、リーグ優勝に貢献した。また、2年連続の60試合登板、オールスター出場を果たした。

2014年は不調に終わったものの、2015年はセットアッパーとして復活。61試合に登板し、リーグ2位で自己最多、球団記録を更新する35ホールドポイントをマークした。2016年は防御率は落ち込んだものの、50登板。2017年は17登板に留まったが、2018年は52登板で30ホールドポイント防御率1.85、2019年はキャリアハイの62登板で18ホールドポイント防御率2.70と年齢を重ねてもタフネスさに衰えはなかった。

2020年は登板数が自己最小の11試合に留まり、戦力外通告を受けた。他球団での現役続行を模索したが、11月21日に引退することが発表された。通算625登板は歴代32位、通算196ホールドポイントは歴代6位と球史にも名を残した。*1

 

査定について

対左打者E    対左被打率.198(101-20)  1本 対右被打率.175(97-17)  2本 球種のタイプも考慮

奪三振 奪三振率.905

緊急登板○    火消し的な登板も多かった

寸前 デフォ&抑えだった時期が短く、以降は専らセットアッパー起用だったことより採用

走力守備 時折ベースカバーが間に合わないという記載があったが、守備力はデフォでかなり高めに設定されており、実際悪くないのでC評価に。代わりに走力を低めに

 

コウテイペンギンの独り言

去年の好成績もあり自分的にはまだ出来そうだと思っていましたが、楽天一筋となる形で引退を決意されました。楽天創成期から毎年投げ続け、投手の"ミスターイーグルス"といっても過言ではないと思います。個人的にも非常に好きな選手でした。15年間お疲れ様でした。

*1:記録は投稿日時点

パワプロ2020 吉見一起(2016中日) パワナンバー

 

帰ってきた竜のエース

 

 

選手名 吉見一起(よしみ・かずき)

 

経歴 金光大阪高等学校トヨタ自動車中日ドラゴンズ(2006大社希望-2020)

 

2016年成績 21登板21先発131.1回 6勝7敗 防御率3.08

 

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選手紹介

圧倒的な制球力を武器に活躍したドラゴンズのエース。2008年から2012年にかけて5年連続二桁勝利を挙げた。

高校時代の甲子園出場は3年時のセンバツのみ。当時から低めへの制球力が光り、地区大会で圧倒的な成績を残し、大会屈指の右腕として注目されるも明徳義塾戦との1回戦で打ち込まれ涙を流した。

卒業後はトヨタ自動車に進み、社会人No.1投手と称され、2005年ドラフト希望入団枠で中日に入団。

1、2年目は一軍では結果を残せず、オフにドミニカ共和国へ派遣。メジャーを目指す男たちのハングリーさに打たれ心身ともに成長した。

3年目にはオープン戦で3試合15イニングを無失点に抑え初の開幕一軍入り。開幕からも24.2回を無失点に抑え、8連勝。先発、中継ぎ両方で投げ、10勝10ホールドをマークした。翌年からは更に本格化。2009年はリーグ2位の防御率、両リーグ最多タイの4完封などを記録し、チェン・ウェインとのWエースで活躍した。2011年は防御率1.65で最優秀防御率を獲得。最高勝率、最多3完封、最多無四球試合3も達成し、まさにエースの活躍でリーグ優勝の原動力となった。2012年は2度の故障離脱があり、規定投球回に達しなかったものの、自身4度目の最多完封とやはり内容は良かった。

2013年は肘の調子が思わしくなく、6月にトミー・ジョン手術を受けた。その後は長いリハビリや不調が続いた。

2015年4月1日に946日ぶりの勝利を果たす。その後も中7〜10日で起用され安定した投球を続けた。しかし再び肘に違和感を覚え手術を受けた。

2016年は開幕後間もなくローテション入り。手術の影響で100球前後という球数制限を受けながらも、年間通して安定した投球を披露。チーム状況が思わしくない中、かつてのエースとしての意地を見せた。

2017年は不振だったが、2018年は荒れたローテの軸として活躍。6年ぶりの無死球完封勝利も記録した。不調の2019年を経て迎えた2020年は、投球フォームを大きく変え、開幕ローテを掴み、6月27日広島戦では連敗を止める投球を見せた。しかし、年間通しての活躍とはならず、2軍では安定した投球をしたものの、若手の台頭するチーム状況を鑑み、引退を決意。15年間のプロ野球人生に幕を下ろした。

 

査定について

対左投手F 対左被打率.307(225-69) 5被本 対右被打率.237(274-65) 6被本

低め〇 低めへの制球は吉見投手の特徴。低めコーナー率という指標でも好成績

一発 本塁打率はそこまで悪くないが、本拠地ナゴヤドーム、コントロールを考慮して

 

コウテイペンギンの独り言

一番好きな投手だったし、もう一花咲かせられると思っていたので引退は非常に寂しいです。全盛期は多くの方が作成されているので、今回は怪我から復帰した後で最も活躍した2016年を作成しました。全盛期の投球が圧巻すぎたためか、故障後は復活出来なかったという風な意見も見かけますが、不安もあるだろう中でよく投げてくださり、十分復活したといえると思います。濃密な野球人生に加え、千賀投手にフォークを教えたなど既に実績もあり、指導者として是非戻ってきて欲しいです。15年間お疲れ様でした。そして1ファンとして、ありがとうございました。

 

パワプロ2020 石原慶幸(2008広島) パワナンバー

 

南の夜空に赤く輝く一番星

 

 

選手名 石原慶幸(いしはら・よしゆき)

 

経歴 岐阜県立岐阜商業高等学校東北福祉大学広島東洋カープ(2002④-2020)

 

2008年成績 .265(422-112)    9本 50打点 5盗塁5盗塁死

 

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選手紹介

広島一筋19年、長きにわたり広島のホームベースを守った。通算1619試合出場は球団の捕手史上最多であった。キャッチングの技術は日本トップクラスであり、6年連続サヨナラ打やサヨナラデッドボール、サヨナラスクイズを記録し、正真正銘の"サヨナラ男"でもあった。"インチキ"とも称される意外性、ラッキーに溢れるプレーも魅力だった。

高校時代から捕手で、通算57本塁打を放つなどスラッガーとしても鳴らした。大学では2年から正捕手となり、3年時の日米野球では中大4年の阿部慎之助から先発マスクを奪い、注目を集めた。

プロ2年目には116試合に出場するなど高い実力をみせた。3年目には開幕スタメンを奪取。安定感をました打撃をみせ、規定打席にも到達した。4年目の2005年から6年目の2007年まではケガの離脱もあり、倉義和との併用が続いた。

2008年は4年ぶりの開幕スタメンを掴み、自己最高の打点をマークするなど打撃好調で規定打席にも到達。初めてオールスターにも出場した。

2009年は出場機会こそ少なかったものの、第二回WBC日本代表に選出された。打率は上がらなかったが、自己最多の10本塁打を記録した。2010年は前田健太と最優秀バッテリー賞を受賞した。*1その後は出場機会は減らしつつも安定した活躍をみせた。

2016年は抜群の相性だったクリス・ジョンソンに加え、黒田博樹野村祐輔が出場する試合でスタメンマスクを被り、3年ぶりに100試合に出場。チームの25年ぶりリーグ優勝に貢献し、自身初のベストナインゴールデングラブ賞にも選出された。引退会見では一番記憶に残るシーンとしてこの年の優勝を挙げている。2017年以降は會澤翼らに出場機会を譲りつつも、ジョンソンとのコンビは健在だった。2020年は8月27日のDeNA戦で左脚を負傷。出場機会も増えず引退を決意。投稿日現在は11月7日の引退試合に向けてリハビリに励む。

 

査定について

打撃

対左投手E    対左打率.211(114-24) 3本 対右打率.286(308-88) 6本

F相当だが年によってかなりムラがあるのでEに。

 

走塁

盗塁C積極盗塁 走力の割に盗塁をしていたため成功率は5割だがつけた。

 

全体的に通年のイメージを反映したつもり

 

コウテイペンギンの独り言

19年間お疲れ様でした。派手さはないもののプレーの巧みさは素晴らしかったです。スクイズの外し球をジャンプして飛びつき当てにいくプレーから"飛ぶキャッチャー"とも呼ばれました。

 

久しぶりの更新となりました。あまり投稿できないと思いますがお願い致します。以上!

*1:これ以外に2013年にも前田健太、2016年には野村祐輔と受賞

パワプロ2020 武山真吾(2010横浜) パワナンバー

 

激しい争いの中でチーム最多出場

 

 

選手名 武山真吾(たけやま・しんご)

 

経歴 享栄高等学校横浜ベイスターズ(2003⑩-2011)ー埼玉西武ライオンズ(2012-2014)ー中日ドラゴンズ(2014-2019)

 

2010年成績 .187(257-48)    1本 22打点 盗塁阻止率.247(85-21)

 

 

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選手紹介

相川亮二が去った後の横浜の扇の要を争った一人。リードを含めた守備面に課題があると言われていたが、ライバル達と違い致命的な欠点はなく、総合的に安定していた。

プロ入り後二軍生活が続き、フレッシュオールスターで優秀選手賞を受賞するなどしたが、一軍初出場は6年目の2008年だった。オフには相川亮二が移籍したため、2009年より正捕手争いが始まり参戦。2009年はライバルより優れた肩や打撃をアピールした。

迎えた2010年はチームの捕手最多の95試合に出場。打撃面では打率は不振だったものの、広角に打球を打ち分け、2本の三塁打を放つなど良いところも見せた。また、肩でもチームの捕手が軒並み盗塁阻止率1割台をマークする中、頭ひとつ抜けた数字を出した。

2011年は開幕スタメンの座を掴み、盗塁阻止率こそ.435をマークするも、打撃不振や投壊の影響で後半戦は出番がなかった。

後藤武敏とのトレードで2012年からは西武でプレー。2014年には金銭トレードで地元チームの中日に移籍。2017年には終盤に出場し、リリーフ陣とバッテリーを組む抑え捕手として50試合に出場するなど、安定した出場機会を得た。2019年オフに戦力外となり引退。

現在は中日で二軍バッテリーコーチを務め、アリエル・マルティネスなど若手の育成に取り組む。

 

査定について

チャンスC    得点圏打率.226

対左投手F    対左打率.155    対右打率.208  1本

流し打ち [安打方向(安打数)]

左 29.8%(14)    中 23.4%(11)    左 46.8%(22)   

 

コウテイペンギンの独り言

パワプロ2018に続いて2度目の作成。今回はチームと自己で最多出場した横浜時代の2010年にしました。バッテリーコーチとしての手腕も割と評価されているようなのでこの調子でお願いします。

パワプロ2020 川本良平(2007ヤクルト) パワナンバー

 

パンチ力が魅力のキャッチャー

 

 

選手名 川本良平(かわもと・りょうへい)

 

経歴 崇徳高等学校亜細亜大学東京ヤクルトスワローズ(2005④-2012)ー千葉ロッテマリーンズ(2013-2015)ー東北楽天ゴールデンイーグルス(2016)

 

2007年成績 .208(144-30)    7本 19打点 6盗塁0盗塁死 盗塁阻止率.412(17-7)    

 

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選手紹介

パンチ力のある打撃や積極的なプレーで古田敦也の後継を期待された捕手。捕手ながら俊足も兼ね備えていた。

アマ時代には内野手としてだが日米大学野球選手権大会代表に選出、東都大学リーグベストナインなどの実績を残しヤクルトに入団。4巡目指名ながら推定契約金が上限の1億円と非常に高い待遇を受けていた。

一軍初出場は3年目の2007年。初出場した試合で3ランホームランを放ち、好リードで完封リレーを導くなど鮮烈なデビューを飾った。8月半ばからスタメンに定着し、打率は振るわなかったものの7本塁打を放ち、弱点とされた肩でも高い盗塁阻止率をマークした。

2008年も6月半ばまで打率3割をマークするなど正捕手定着を予期させたが、守備面での課題が目立ってしまい前年の勢いを逸してしまった。

2009年には相川亮二が入団したため出場機会が減少。その後は2番手捕手としての役割に徹した。

2012年頃には中村悠平の台頭があり、2013年に田中雅彦とのトレードでロッテに移籍。出場機会を掴んだが、正捕手定着には至らなかった。

2015年には楽天に移籍するも目立った活躍はできず戦力外通告を受けその年限りで引退した。

現在はアパグループに勤務。野球とは違うフィールドで活躍している。

 

査定について

得能は2007年+出場機会が多かった2008年も加味

打撃

[(2007年・2008年)2008年通算打率.253]

チャンスC  得点圏.227・.289

対左投手B  対左打率.270・.277  対右打率.187・243

 

守備

サプポジ一塁&外野 一軍では起用されていないが二軍で守っている

 

コウテイペンギンの独り言

栄冠ナインにはまってしまったので久しぶりの投稿となりました。アパではダブルマイナスイオンのドライヤーを選定し、ホームベースではなく女性の髪の毛を守っています。