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パワプロ2020 中村武志(1996中日) パワナンバー

 

強肩強打の司令塔

 

 

選手名 中村武志(なかむら・たけし)

 

経歴 花園高等学校中日ドラゴンズ(1985①-2001)ー横浜ベイスターズ(2002-2004)ー東北楽天ゴールデンイーグルス(2005)

 

1996年成績 .271(376-102)    12本 37打点 2盗塁0盗塁死 盗塁阻止率.390(50-32)

 

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選手紹介

強肩と強打かつ意外性のある打撃を武器に80年代後半から2000年代前半まで竜のホームベースを守った。投手陣からの信頼も絶大だった。星野監督から最も殴られた男としても知られる。*1

高校時代は新聞配達をトレーニングの意を込めてしていた。甲子園出場はなかったものの、遠投120メートルともいわれた強肩を買われてドラフト1位で中日に入団した。

プロでは壁にぶつかり、2年目の86年オフには整理対象選手に挙げられたが、星野監督に抜擢され、猛練習の甲斐あって87年には一軍に定着した。88年には肩に不安のある中尾孝義が外野にコンバートされ、6月以降は実績十分のベテラン・大宮龍男大石友好のサポートを受けながらメインで起用された。盗塁阻止率.448と強肩を発揮し、この年のチームの優勝にも貢献した。

翌89年は打撃でも成長をみせ、盗塁阻止率は.516をマークした。91年は盗塁阻止率は落ち込んだものの20本塁打、62打点と自己最高の打撃成績をマークした。7月19日には代打満塁弾とサヨナラ弾を1日で記録した。95年にも盗塁阻止率.519を記録。捕手として規定出場し、盗塁阻止率5割越えを2度記録したのは4人のみである。

96年は自己最高の打率をマークし、盗塁阻止も悪くなかった。ナゴヤ球場最終年のリーグ2位に貢献した。

99年には自身2度目のリーグ優勝。01年オフに谷繁元信を獲得したことによりチャンスを求め横浜に移籍。この時中村は、前年の契約更改で提示された3年契約のノルマをクリアしていたにもかかわらず、谷繁に正捕手確約を提示した球団に不信感を募らせていた。(=正捕手がダブルブッキングしてしまっていた)

横浜では肩や守備の衰えは隠しきれなかったものの、打撃ではある程度の活躍を見せた。05年は草創期の楽天に移籍し2番手捕手として最後の活躍を見せた。

その後は横浜、中日、ロッテ、韓国プロ野球チーム、そして現在は再び中日でバッテリーコーチを務める。

 

査定について

打撃

チャンスF    得点圏.226

対左投手E    対左打率.257    対右打率.275

満塁男 満塁打率.353(17-6)

初球○       ノーストライク打率.364(118-43)

併殺 17併殺打

 

守備

盗塁阻止率が非常に高いわけではないが肩力を下げたくなかったので守備力を下げた。

 

コウテイペンギンの独り言

はっきりとしたベストイヤーがないので何年にするか迷いましたが、バランスが整っている96年にしました。横浜移籍時のいざこざはフロントの対応が良くなかったと思います。ここまで絶大な信頼感を得る捕手は貴重ですからね。

*1:もちろん暴力が擁護されるものではない