俊足強肩が光る恐竜打線の中堅手
平野 謙(ひらの・けん)

①経歴 犬山高‐名古屋商科大‐中日(1978-1987)‐西武(1988-1993)‐ロッテ(1994-1996)
②1985年成績 .300(527‐158) 6本 49打点 OPS.740 17盗塁8死
ダイヤモンドグラブ賞
③選手紹介
走攻守三拍子揃った恐竜打線のつなぎ役。トレードで移籍した西武では、黄金時代の2番打者を担い、通算451犠打は川相昌弘に次ぐ歴代2位。1982年から1986年の5年連続を含む、キャリアで8度二桁補殺を記録した強肩とスローイングも武器で、ゴールデングラブ賞(ダイヤモンドグラブ賞)を9回受賞した。
投手としてドラフト外でプロ入り。大学時代は「真っ向から速球を投げ込む本格派」として評価されていた。右肘を痛めたため、2年目のキャンプで野手転向したことが転機となった。野手転向2年目にはスイッチヒッターとなり、広野功コーチと特訓を重ねた。一時は整理対象にもなったが、守備走塁のスペシャリストを所望する近藤貞雄監督に見出され残留すると、打撃でも結果を残しレギュラーにまで上り詰めた。
レギュラー定着4年目の1985年は、田尾安志に代わる先頭打者としての起用が増加。自己最高の打率3割を記録するなど打撃でも目立つ結果を残し、5三塁打はリーグ最多。守備面でも11捕殺を記録し、2年連続のダイヤモンドグラブ賞を受賞した。
翌1986年は盗塁王。87年から監督に就任した星野仙一との確執もあり、1988年に西武に移籍すると、管理野球の2番打者として活躍し5年連続で最多犠打を記録。晩年はロッテでプレーし、引退後はNPB、KBO、独立リーグ等で監督・コーチを務めた。BCリーグ・群馬の監督時代には、プレーオフ常連の常勝軍団を率いた。
④選手画像



⑤パワナンバー 11800 31124 99723
⑥査定について
チャンスB:得点圏打率.364
対左打者C:右打席打率.311(119‐37) 左打席打率.297(408‐121)
単純に対左投手で右打席、対右投手で左打席考えると対左が強いことになる。本塁打は右投手から1本、左投手から5本とかなり左投手からが多い
走塁B:5三塁打。球場も狭い時代なので
粘り打ち:三振率9.6%
調子極端:9月.208、10月.456など月別打率に割と波がある。猛打賞12回、4安打3回も少なくはない(手動算出)
⑦コウテイペンギンの独り言
中日時代の平野です。パワプロ2024‐2025では西武のレジェンド選手として収録されていますが、中日時代の実績も十分。投手入団のイメージは薄いのでは?
補殺の多さについては、ワンテンポ捕球を遅くし三塁を回らせるなどのテクニックも駆使していたようです。