コウテイペンギンのパワプロブログ

「読む」パワプロブログを目指します

パワプロ2020&2021 作成選手一覧

 

今作もまったりやっていきます

 

中日

中尾孝義(1982)

 

鶴田泰(1993)

 

中村武志(1996)

 

益田大介(1997)

 

関川浩一(1999)

 

マット・クラーク(2013)

 

3D

エクトル・ルナ(2014)

アンダーソン・エルナンデス(2015)

リカルド・ナニータ(2016)

 

田島慎二(2016)

 

吉見一起(2016)

 

ディロン・ジー(2018)

 

横浜

武山真吾(2010)

 

広島

石原慶幸(2008)

 

ヤクルト

川崎憲次郎(1998)

 

川本良平(2007)

 

松岡健一(2008)

 

中澤雅人(2015)

 

ロッテ

荻野忠寛(2008)

 

大谷智久(2015)

 

西野勇士(2015)

 

楽天

青山浩二(2015)

 

オリックス

川越英隆(1999)

 

小倉恒(2001)

 

岸田護(2011)

 

 

パワプロ2020&2021 作成選手一覧

 

今作もまったりやっていきます

 

中日

中尾孝義(1982)

 

鶴田泰(1993)

 

中村武志(1996)

 

益田大介(1997)

 

関川浩一(1999)

 

マット・クラーク(2013)

 

3D

エクトル・ルナ(2014)

アンダーソン・エルナンデス(2015)

リカルド・ナニータ(2016)

 

田島慎二(2016)

 

吉見一起(2016)

 

ディロン・ジー(2018)

 

横浜

武山真吾(2010)

 

広島

石原慶幸(2008)

 

ヤクルト

川崎憲次郎(1998)

 

川本良平(2007)

 

松岡健一(2008)

 

中澤雅人(2015)

 

ロッテ

荻野忠寛(2008)

 

大谷智久(2015)

 

西野勇士(2015)

 

楽天

青山浩二(2015)

 

オリックス

川越英隆(1999)

 

小倉恒(2001)

 

岸田護(2011)

 

 

パワプロ2021 川越英隆(1999オリックス) パワナンバー

 

オリックス暗黒時代のエース

 

 

選手名 川越英隆(かわごえ・ひでたか)

 

経歴 学校法人石川高等学校青山学院大学日産自動車オリックス・ブルーウェーブオリックス・バファローズ(1999②-2009)ー千葉ロッテマリーンズ(2010-2011)

 

1999年成績 26登板(25先発)177回 11勝8敗 防御率2.85

 

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選手紹介

青波時代終盤と合併後初期、オリックスの停滞期を支えた右腕。先発投手としてまとまったスキルをもち、安定したフォームから熟練した投球術で174㌢の小柄な体格を物ともせず勝負した。

高校では3年時に春夏連続甲子園に出場。大学では通算3勝にとどまったが、社会人野球で才能開花。都市対抗で優勝し、最優秀選手賞に値する橋戸賞を受賞した。

プロではルーキーイヤーから活躍。デビュー戦では打たれたが、4戦目にして初勝利を掴み、その後は勝ちを重ねた。11勝を挙げ、リーグ4位の防御率2.85、8完投はリーグ2位とエースの活躍。5月には月間NVP。しかし新人王は16勝を挙げた松坂大輔に譲り、代わりにパ・リーグから特別に優秀新人賞を受賞した。また、星野伸之金田政彦とともに挙げた2桁勝利はブルーウェーブ生え抜きでは最後だった。

00年は8勝も途中離脱。その後は自身、チームと共に不振で芳しい結果は残せなかったが、04年に720日ぶりの勝利を挙げると、同年は144.2回を投げ7勝と復活を果たした。05年は6勝。06年は163.1回を投げ、防御率3.14で9勝。08年は中継ぎでタフに投げた。05年から07年まで3年連続開幕投手を務めた。

09年に戦力外を受け、ロッテに移籍。11年は中継ぎで18試合に登板し、防御率1.37の活躍を見せるもその年限りで引退。その後ロッテ投手コーチに就任、一二軍を行き来し、現在は1軍に所属。

 

査定について

打たれ強さC

全先発登板(投球回-自責点-1,2回失点)*1

4月   1.2-2-2  6.2-5-0  5-1-1  3.1-3-2  7.1-2-0

5月   7-1-0  7-2-0  9-4-0  9-0-0

6月   7.1-4-0  7-1-0  4.2-1-0  9-0-0  7.1-5-1

7月 9-5-0  3.1-6-0  9-3-0

8月 9-3-0  8-2-1  6.1-1-0  7.1-2-0

9月    9-1-2  6.2-2-2

10月   9-1-0  6-0-0

 

コウテイペンギンの独り言

ザ・暗黒エースのイメージがあります。長く活躍されましたが、キャリアハイは一年目。投手コーチとしても古参で信頼も高いのだろうと思います。

 

*1:自己算出によりミスの可能性高

パワプロ2021 小倉恒(2001オリックス) パワナンバー

 

クラブチーム出身の制球派右腕

 

 

選手名 小倉恒(おぐら・ひさし)

 

経歴 栃木県立鹿沼商工高等学校ー全足利クラブ
ヤクルトスワローズ(1993⑦-1997)ーオリックス・ブルーウェーブ(1997-2004)ー東北楽天ゴールデンイーグルス(2005-2008)

 

2001年成績 26登板(26先発)    10勝7敗 防御率3.62    無四球完投3    27被本塁打 WHIP1.11

 

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選手紹介

クラブチームからヤクルト入りし、移籍したオリックスブルーウェーブ楽天で活躍した右腕。コントロールが良く、四球が少ない。また、多種多様の変化球を投げる器用な面も持ち合わせる。朴訥な人柄でも知られる。

マチュア時代は足利市役所職員として務める傍ら、実力派クラブチーム・全足利クラブに所属。補強選手として都市対抗野球に出場し、クラブチーム初のドラフト指名を勝ち取った。

ヤクルト時代は芽が出ず、97年途中に馬場敏史岩崎久則とのトレードで広永益隆とともにオリックスへ移籍。

オリックスでは仰木彬監督に見出され出場機会を増やす。99年は主にリリーフとして48試合に登板、5勝2敗11セーブ、防御率2.17の成績を挙げた。2000年も好成績で、オールスターゲームにも出場した。

01年は先発に転向し挑んだシーズン。ローテーションに定着し、規定投球回に到達。自身初の二桁勝利を挙げた。非常に打高だったパ*1で残した防御率3.62は、リーグ4位。制球力が冴え渡り、与四球率は1.43とかなりの高水準。4完投をし、そのうち3試合が無四球でリーグトップだった。反面、両リーグ最多タイの27被本塁打を浴びるなど、一発病の一面もあった。この年に加藤伸一と共にオリックス・ブルーウェーブ最後の2桁勝利を挙げた。

02年は7勝も、その年以降は調子を落としてしまった。04年オフには球界再編があり、分配ドラフト楽天に移籍。05年も不調に終わる。戦力外通告を受けたが、出場したトライアウトが新監督の野村克也の目に留まり、異例の再契約を勝ち取る。

迎えた06年は野村再生工場のもとで見事に復活。中継ぎ、抑えで58試合に登板。敬遠を除いた与四球は3と圧倒的なコントロールを武器に、6勝7敗4セーブ15ホールド、防御率2.18と大車輪の活躍を見せた。07年は39試合の登板に留まり、08年も若手の台頭があり出場機会を掴めず、現役引退。09年から現在まで、オリックスの打撃投手を務める。

 

査定について

対ピンチB    得点圏被打率.206     通算被打率.253

打たれ強さE    全登板成績(投球回-自責点-1,2回失点)*2

3月5-3-3

4月7.1-2-0 6-2-0 8-2-0 9-0-0

5月6-2-1 4.1-3-0 8-0-0 7.2-2-0

6月6.2-1-0 7.2-2-1 7.2-2-0 6-5-0

7月 9-0-0 5-3-1 4.2-5-0 8-1-0

8月7.1-2-0 5.1-1-0 3.0-6-0 6.0-0-0

9月2.1-5-4 6.1-2-0 5.1-4-0 7.1-4-2

10月5-0-0

序盤のノックアウトがあったりムラがあるかなと

 

軽い球 被本塁打率1.48。

一発もつけようか迷った。この年は打高傾向にあり、全体的に被本塁打が多かったため*3軽い球のみに。一発ではなく軽い球にしたのは、キャリアを通して被本塁打が多い傾向にあったため

 

コウテイペンギンの独り言

中継ぎでの印象が強かったですが、先発でもかなりの結果を残しています。打高の気があるので若干強めにしました。やっぱりコントロール型の選手は良いですね。

 

*1:最優秀防御率はロッテ・ミンチーの3.26

*2:自己算出なのでミスの可能性あり

*3:岩本勉は143回で27本など

パワプロ2021 鶴田泰(1993中日) パワナンバー

 

落ち着いた投球の右腕

 

 

選手名 鶴田泰(つるた・やすし)

 

経歴 山梨県立塩山商業高等学校駒澤大学中日ドラゴンズ (1992②-2000)ー広島東洋カープ (2001-2004)

 

1993年成績 29登板19先発127投球回   7勝11敗 防御率3.47

 

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選手紹介

落ち着いたマウンドさばきと安定した制球が持ち味の右腕。塩山商高時にノーヒットノーランを達成し、駒大ではのちのチームメイト・関川浩一や同期の田口正徳とバッテリーを組んだ。東都大学リーグ通算で29試合に登板し8勝2敗、防御率2.07、111奪三振。4年時の大学選手権では1安打完封もしている。

ルーキーイヤーの1993年はフォークのキレが良く、主に先発としてチーム3位タイの7勝を記録。防御率も悪くなかったが、打線の援護が少なく負けが先行。新人王も狙える成績だったが、強烈なインパクトを残したヤクルト・伊藤智仁に敗れた。伊藤との直接対決は5月16日と5月23日の2回でどちらも敗戦投手になっている。

2年目は少し成績を落としたが、22試合に登板。しかし、3年目のアリゾナキャンプで右肘を故障。ここから2度の手術など長い怪我との闘いが始まる。

長いリハビリを終え1998年には再び一軍のマウンドに上がり、翌1999年には5年ぶりの勝利を挙げる。しかし、リハビリ中にチームの層が厚くなっていたため登板は限られてしまった。その中で2000年シーズンオフに紀藤真琴とのトレードで広島に移籍した。

広島ではローテの穴埋めや中継ぎで渋い活躍を見せた。移籍後3年間は毎年勝利を挙げたが、12年目となる2004年はキャンプ中の太もも裏の違和感で1ヶ月長の3軍調整。少ない一軍の機会では結果を残せず、戦力外通告を受け引退した。現在は古巣・中日の打撃投手。

 

査定について

対ピンチE    被打率.252    得点圏被打率.286

ノビC    地味ながらストレートのノビが良いとの記述

球持ち○    打者がストレートと他のボールを錯覚して打ち損じるとの記述

対強打者○    4番打者被打率.140 4番だけではあるがかなり低く、つけるに十分か

一発 被本塁打率1.113

 

コウテイペンギンの独り言

前回のリメイク。4番打者に強いというデータを反映させてみました。恥ずかしながら、初めて高級レストラン理論で作成しましたが、すごく作りやすくて驚きました。

 

パワプロ2021 マット・クラーク(2013中日) パワナンバー

 

直立フォームの大砲

 

 

選手名 マット・クラーク 

 

経歴 エティワンダ高等学校ーリバーサイド短期大学ールイジアナ州立大学ーサンディエゴ・パドレス傘下(2009-2012)ー中日ドラゴンズ(2013)ーミルウォーキー・ブルワーズ(2014)ー同傘下(2015)ーラグナ・カウボーイズ(2016)ーオリックス・バファローズ(2016)ーモンクローバ・スティーラーズ(2017-2018)ープエブラ・パロッツ(2018)ードスラレドス・オウルズ (2018)ーユカタン・ライオンズ(2018)ーレオン・ブラボーズ(2019-)

 

2013年成績 .238(407-97)    25本 70打点 130三振

 

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選手紹介

2013年に当時パドレスの打撃コーチ補佐だったアロンゾ・パウエルの推薦で中日に入団した大砲。直立のフォームが代名詞で、引っ張り方向へと放つ弾丸ライナーの大飛球はロマン抜群。退団後もNPBのチームに幾度となくラブコールを送るなど、親日家としても知られる。

開幕前には、持病の薬に含まれる成分でいざこざがあったが無事解決。開幕戦には6番・ファーストで先発出場。主に2、3、5番として132試合に出場し、規定打席到達。リーグ4位タイ、チーム最多の25本塁打をマークし主砲として活躍した。しかしどちらもリーグ最下位の低打率や130三振などの粗さが災いし、本人の意欲に反して1年限りで退団。

その後、メジャーやマイナーリーグに所属した。2016年シーズン途中にオリックスに入団するも、11試合の出場にとどまりその年限りで退団。それ以降はメキシカンリーグを点々としている。

2019年のプレミア12ではメキシコ代表に選出。三振と共にホームランも増やす彼らしい活躍を見せ、銅メダル獲得に貢献した。

 

査定について

対左投手B    対左打率.272(147-40) 12本 対右打率.219(260-57) 13本

プルヒッター 本塁打方向 左1 中3 右21  

右方向打率.482(110-53) 左方向打率.084(178-15)

初球〇    初球打率.351(94-33)

 

コウテイペンギンの独り言

一番ペナントを回したパワプロ2013で、開幕時26歳の若さからの成長も相まって結構いい成績を残した記憶があります。実際、ナゴヤドームで20本打てる選手は少ないのでもう一年残してみても良かったのではないかと思っています。

そして、中日に帰ってきたパウエルコーチの推薦選手が今年もやってきました。そう、ガーバーです。来日して1週間、成績こそ伸び悩んでいますが、ミートの上手さは光るものがあります。彼が来てから打線の流れが良くなっているので、彼自身も数字を上げ不動のレギュラーを掴んで欲しいです。

 

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悪くないだろう

 

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おおっ、いいですね~
 

パワプロ2021 西野勇士(2015ロッテ) パワナンバー

 

幕張の勇士

 

 

選手名 西野勇士(にしの・ゆうじ)

 

経歴 富山県立新湊高等学校千葉ロッテマリーンズ(2009育成⑤-)

 

2015年成績 54登板0先発54投球回 1勝2敗34セーブ4ホールド 防御率1.83

 

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選手紹介

育成選手から這い上がり、ロッテで先発やクローザーとして活躍している右腕。抑え時代はキレ味鋭いフォークとスライダーを武器に空振り、三振を奪い抜群の安定感を見せた。

高校1年の夏に投手転向。エースとして挑んだ3年夏は惜しくも県準優勝に終わった。

プロでは4年間育成選手として鍛えられ、2012年オフに支配下登録。13年は先発として起用された。プロ初先発で初勝利を挙げ、これは育成出身選手では初だった。後半戦は右肩痛を発症するなど苦しんだが前半戦の8勝を挙げた活躍は大きく、年間では139.2回を投げ、9勝6敗、防御率3.80だった。クライマックスファーストステージで2番手として登板し、ピンチを凌ぎ育成ドラフト出身選手初のプレーオフ、CS勝利投手となった。*1オールスターにも出場した。

14年は益田直也の負傷離脱で開幕からクローザーを任せられた。開幕から14試合連続無失点を達成するなど好調で、益田の復帰後もクローザーの座は譲らなかった。リーグ3位の31セーブを記録し、育成出身選手初のシーズン30セーブを達成した。シーズン後の日米野球2014の日本代表にも選出され、第3戦では9回に登板し、継投ノーヒットノーランを締めた。

15年もシーズン前の欧州戦に向けた侍ジャパンに選ばれ、第1戦でセーブを挙げた。シーズンでも抑えで起用された。9月下旬に打球が左足に直撃し離脱したが、リーグ3位の34セーブを失敗なしで挙げる圧倒的な投球を見せた。オフにはこのことが評価され、育成ドラフト出身選手2人目の1億円プレーヤーになった。

16年も6月までクローザーとして合格点の成績を残していたが、7月に入ってから失点するケースが増えた。これは交流戦から感じていた右肘痛によるものが大きく、7月末から長期離脱。復帰後は2登板にとどまり、最終的には21セーブにとどまった。

17年は先発に再転向。防御率4.73で2勝3敗と結果を出しきれなかった。18年は再びリリーフに回り、不本意な結果に終わったものの、右肘痛には改善が見られた。ドライブインでフォームを解析・改善し挑んだ19年はストレートの球速が向上し開幕からリリーフとして活躍。32試合でリリーフ登板し2セーブ5ホールドをマークした。8月以降は先発に配置転換され、プロ初完投・初完封を挙げた。シーズン通しての防御率は2.96と復活を印象付けた。20年は開幕ローテが内定していたが、6月の練習試合後に右肘に違和感を覚え、診断後、本人の意向もありトミー・ジョン手術を受け全休。現在は順調な回復ぶりを見せており、復帰を見据える。

 

査定について 

通算被打率.217

対ピンチE 得点圏被打率.260(50-13) 0本 LOB% 79.14%

対左打者F 対左打者被打率.250(104-26) 1本

逃げ球 本塁打率0.16

奪三振 奪三振率11.03

 

変化球ノビEキレ

(被打率、空振り率)

ストレート .324、7.8%

スライダー .180、29.9%

フォーク  .134、25.7%

カーブ   .286、7.8%

 

ケガしにくさ Eにすべきだった

 

コウテイペンギンの独り言

2021年版初投稿。勝利の方程式を形成した大谷投手と使ってみてください。

"育成選手初の"という記録が多く、千賀とともに育成出身投手の可能性を広げていった選手です。抑え時代の安定感は印象以上に素晴らしかったです。30歳とまだまだ若いので再びマウンドに上がる日を心待ちにしています。

*1:育成選手初は09年巨人のオビスポ

パワプロ2020 岸田護(2011オリックス) パワナンバー

 

猛牛の守

 

 

選手名 岸田護(きしだ・まもる)

 

経歴 履正社高等学校東北福祉大学NTT西日本オリックス・バファローズ(2006大社③-2019)

 

2011年成績 68登板(0先発)69投球回 5勝6敗33セーブ 防御率2.61

 

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選手紹介

地元・大阪のオリックスで先発、中継ぎ、抑えとして活躍した右腕。伸び上がるように体を大きく反らせ、跳ね上がるような躍動感のあるフォームが特徴。奪三振が多く、与四球が少ない制球力も武器。クローザー時代はノビのあるストレートを主体にキレのある変化球も操り真っ向勝負で打者を抑えた。人柄も気さくで、年齢、キャリア関係なく多くのチームメイトから慕われた。

履正社高時代は1年生からベンチ入りし、チームは甲子園初出場を果たしたが、自身の登板はなかった。大学では最優秀選手とベストナインをW受賞し、社会人時代にも04年の都市対抗に出場、05年の日本選手権では準優勝に貢献した。

プロでも1年目から結果を残し、ウエスタンで最優秀防御率のタイトルを獲得した。2年目は序盤はロングリリーフ、後半は先発ローテの一角として活躍し、126回を投げ防御率2.93をマークした。09年は怪我で苦しんだが、09年は開幕ローテ入り。故障での離脱が響き僅かに規定投球回には届かなかったが、初の二桁勝利をマークした。

背番号をエースナンバーの「18」に変更した10年は5月にリリーフ転向、交流戦時にはクローザーに抜擢された。先発としては防御率4.85と安定感を欠いたが、救護としては防御率2.18と好成績を残した。

選手会長として挑んだ11年は年間通して抑えとして活躍。リーグ2位の登板数とセーブを挙げた。要所での痛打があり6敗を喫するなど劇場型の一面も覗かせたが、奪三振率は9.65と魅力溢れる投球をした。オールスターにも出場。

翌12年は防御率こそ良化したものの、中継ぎへの配置転換や故障もあり18セーブにとどまった。13年からは主に中継ぎとして活躍。3年連続で2桁ホールドをマークするなどブルペンを支えた。その後は登板機会が減少し2019年に引退。現在はオリックス2軍投手コーチを務める。

 

査定について

変化球(投球割合/被打率/空振り率/被本塁打)

スライダー 8.8%/.143/17.2%/0

チェンジアップ 16.2%/.238/26.2%/2

スライダーもかなり武器になっているかと感じたため変化量高めに。変化量を落としてキレ○をつけるべきだったかも

 

対ピンチC    得点圏被打率.218 年間被打率.247

ノビB    ストレート被打率.264とそこまで低くないがストレート主体の投球&リーグ平均を約4%上回る空振り率10.0%と空振りが取れた

一発 被本塁打率0.65  (リーグ平均0.51) 統一球かつ抑えと考えると高め&制球が高いので

速球中心 ストレート投球割合75.1%

 

コウテイペンギンの独り言

四球を出さず三振を取れる、最も気持ちの良いタイプの投手だと思います。東日本大震災時には、大学時代を過ごした東北へ送る支援物資を募るなど人格面も素晴らしい選手でした。